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〜龍の一族〜


「なぁ、聞いたか? あの光(ひかり)が遂に行くんだとよ」
「あぁ、聞いたよ。恋人を殺した龍を退治しに行くんだろ」
「そうらしいぜ」
「運良くでも龍を殺す事ができたら、あいつは不死になるんだろ? 龍を殺した者は不死になるって言うからな」
「まぁ、殺す事が出来たらだけどな。でもよ、あの龍は今まで幾百の賞金稼ぎ、不死を手に入れようとしたもの、名のある武将たちを反対に返り討ちにしてきたんだぜ」
「そうだよな。そんな龍に挑むんだ。光もまったく……」
「あぁ、まったく変わり者だよ」

「まったく、不安になるような事を言わないでほしいですね。家の中まで筒抜けですよ?」
 時は、世も乱れ武将が国取りに明け暮れる、安土。
 季節は、花も咲き乱れ鮮やかな鳥の舞う、春。
 地は、後に天下を治めし織田信長の住まう地、尾張。
 光は外の声に苦笑を漏らしながらも旅の用意をしていた。
 腰に吊るした大小二刀の刀は、大業物の正国。
 背に背負いし鉄砲はかつて織田信長より戦死した義父が譲り受けたもの。
 食料も数日分は持ち、資金も十分持っている。
 用意は万全だ。
「この家ともお別れですね」
 神棚に手を合わせると、直ぐに家を出た。
 外に出ると、曇り空が迎えてくれた。どんよりとしており、いつ雨が降り出してもおかしくはないだろう。自慢のはしばみ色をした髪をかき上げ、太陽の痕跡を見つけようとするが、空一面に雲が広がっており、気が滅入るだけだった。
「おぉ、光か。今、お前の話をしていたところだ」
「あぁ、お前ならあの龍にも勝てるさ。頑張れよ」
 突然、近所――村全体が近所のようなものだが――の農夫が声をかけてきた。
「まぁ、変わり者ですからね、頑張りますよ」
 光の言葉に、男たちは言葉を失った。
「聞こえていましたよ。まぁ、気にもしませんけれどね。では、ごきげんよう」
 光は唖然とする男たちの前を平然と横切り、そのまま村を後にした。

 もともと、私の一族は龍と切っても切り離せない繋がりのある一族だった。
 何代も昔から、記録によると鎌倉の時代よりも昔から龍を殺そうとして、返り討ちにあっているらしい。
 私には先祖が龍に殺された何てことはどうでもいいことだ。婚約者であった男、弥一(やいち)が龍に殺されている。それだけが重要だった。
 龍を殺し、弥一の仇を討つ。それだけしか私にできる事はない。
 敵を討ってどうなるわけでもないが、私に残されたものはこの命を賭して龍と戦う事しか残されていない。それしか思いつかない。そうしないと前に進めない気がした。
 だから二年前、弥一の龍を討つ旅にでた今日、私も旅に出る事にした。
 義父は刀の名手として世に名前を轟かせており、女であった私にも刀の鍛錬をさせていた。そのおかげで、そこらの武士よりも腕は立つ。旅の間に誰かに襲われてもある程度なら何とかなるだろう。
 ともかく、龍のいるという谷に行ければ問題はない。例え帰ってこれなくなっても問題ないとさえ思う。
 家族も病死した母を抜かして全員龍を討ちに行き、帰らぬ者となった。誰の心配もなく龍と戦いに行ける。
 龍に勝てるとは一切思っていない。だから、娘や母を残して旅立った者の気持ちは分からなかった。
 だが、それでも寂しいのはなぜだろう……

 旅は順調に進んだ。途中、何度もある関所よって路銀がつき、獣を狩って食にありついたり、農村で助けてもらったりもしたが、順調に進んだといっていいだろう。
 旅に出てから150日あまり。私は龍の住むといわれる谷に着いた。
 谷は一般的な谷と雰囲気が違っていた。
 初めて見るような草木が生え、この地では見られないような動物の姿も多くあった。皆、人間を見る機会がほとんどないのだろう。農村の近くに住まう動物とは違った警戒の視線を私に向けていた。
 また、多くの場所に折れた刀や骸を包む鎧の姿があった。全て、龍にやられた者だろうか? ならば、既に龍の活動範囲に入っているということだ。
 いつ襲われるか分かったものではない。気を引き締めなければ、不意をつかれて殺されてしまうかもしれない。
「このような場所に弥一も来たのか……」
 声に出して呟いてみると、思いのほか木霊して、冷や汗をかいた。
 しばらく荷を置き、鉄砲を構えて臨戦態勢をとったが、龍は現れなかった。声は龍までは届かなかったのか、それとも龍が関心を持たなかったのか、姿が見えないのはもちろん息吹すらも聞こえなかった。
 もしかすると、龍はもっと遠くにいるのかもしれない。そう思い、ここはまだ安全な方だろうと検討を付けて、私は野宿の準備をした。
 夜までは時間があるが、武器の手入れを入念にしておきたかった。
 焚き火はどうしようか悩んだが、龍に見つかると危険なので焚き火はしない事にした。
 谷間は日が沈むのも早い。武器の手入れを終えた頃には、日が谷底まで何とか届くといった状態になっていた。急ぎ、食事をすませる。
 日が沈むと私は木の陰に隠れるように身を横たえた。咄嗟に手が伸びるように、傍らに鉄砲と刀は置いておく。
 やがて、緊張を疲れが上回り、眠りに付いた。

 ウォォォォォォォォ……

「………」
 突然目が覚めた。まだ月が真上にある。谷底にはほとんど光が入ってきておらず、回りの様子がほとんど見られない。

 ウォォォォォォォォ……

 風が谷間を吹き抜けるような音が遠くから聞こえてきた。
 龍の息吹。
「向こうからか……」
 微かに呟き、念のために刀を手に取った。種火がないため、鉄砲は今の状態で使えそうにない。何とか刀で対抗できればいいが……。
 体に微かな震えが生じていた。
 勝てないかもしれない、死ぬかもしれない。それは前から承知していたはずだ。では、何で今頃になって震えが生じたか。
「龍の息吹を聞いた者は恐怖に震え、動けなくなる……」
 まだ私が幼かった頃、既に亡き義兄から聞いた話。
 動こうとしたが、体が言う事を聞かなかった。勝手に手足が震え、思うように動かない。
 そのまま動く事もできずに、只震えて一夜明かす事になった。

 ……日が昇る頃になると、龍の息吹も聞こえなくなり、谷に穏やかな風が流れ込んできた。
 体をゆっくりと動かし、具合を確かめる。行動に支障はなさそうだ。
「…………」
 朝食を食べたくもなかったが、無理やり詰め込んでその場を後にした。
 常に刀に手をかけ、鉄砲も片手で持っている。臨戦態勢をとったまま歩くこと数刻。
 前方に巨大な物体がその姿を現した。蛇がとぐろを巻くように、それは身を休ませていた。間違えようもない。龍。
 思わず、その姿に見とれてしまった。
 蛇のような姿に、全身を覆う碧燐。燃えるようでいて優しい色をした鬣。雄々しくもあり、優雅でもある両の角。
「あれが…龍……」
 自分よりも数段大きい龍は、眠っているように瞳を閉じていたが、今の言葉で覚醒したのか、静かに瞳を開いた。
『ウォォォォ……』
 龍は息吹を上げると、微かに身動ぎして私を見つめた。その瞳は優しく、悲しみも帯びていた。
「弥一の…弥一の仇!」
 私は我に返ると、鉄砲を構え、火縄に火をつけた。龍はその間、身動ぎもせずに私を見つめ続けていた。

 ……パァアァァンッ!!

 私の腕に衝撃が伝わるとともに、鉛でできた弾は龍に突き刺さった。龍は体の一部から血を流しながらも微動だにもしなかった。
 私は弾を急いで詰め替えると、再び発射した。
 今度は、龍の片の瞳に弾は突き刺さった。

 ルォオォォォォォォォォ……

 さすがに龍は声をあげ、天を仰いだ。
 私をもう一度見つめなおしたときには、その瞳から血が流れ落ちていた。まるで、血の涙を流しているように。
「…………」
 私はさすがにもう弾を詰め替える時間がないだろうと思い、刀に持ち替えた。
 龍は愁いを帯びた瞳で私を見つめると、その身を翻して谷の奥に姿を消した。
「逃げたのか?」
 私は納刀すると、龍の進んだ方へと足を進めた。

 それから三日が経った。
 毎晩のように龍は悲しい息吹をあげていた。初めて聞いた息吹とは違い、泣いているように聞こえたのは私の気のせいだっただろうか?
 未だに龍の足取りは掴めないでいた。だけれども、龍の存在は息吹によって確認できた。また、龍の存在がだんだん近くなっているのも分かった。

 更に三日の日が流れた。
「いた……」
 遂に私は龍の姿を発見した。以前と変わらぬ姿で、眠るようにとぐろを巻いて顔を伏せている。
 私は鉄砲を構え、火打石を叩いた。
 カチィッ!

『ルォォォォォ……』
 龍はその音で目覚めたのか、私の姿を見つけると、更に谷の奥深くへと逃げていった。
 それ目掛けて鉄砲を撃ったが、龍には当たらなく、銃声だけが何度も谷を木霊した……。

 更に、一日、二日、三日……
 一週間、二週間、三週間……
 一月、二月、三月、半年……

 そろそろ龍を討つために旅に出てから一年が経つとしていた。
 未だに龍を討つことはできないでいる。
 不思議な事に、龍は私を襲おうとはせずに逃げる一方だった。
 時には谷の奥に逃げ。時には私の頭上を飛び越えて逃げ。
 この半年近く、私は谷の中で龍と追いかけっこをしていた。だがこれは遊びではない。私は龍を殺そうとし、龍は私から逃げる。
 鉄砲の弾は既に切れているため、私は大業物の正国だけで龍と戦う事になっている。
 それでも、逃げるだけの龍に傷を負わせることはできた。
 この谷に来て半年の間に、私は龍を討つ事ができるか反対に疑問になっていた。
 この一ヶ月くらいで、今まで以上に龍にかなりの手傷を負わせた。そのために龍の動きが段々と散漫になってきている。
 又、ここの地理にもだいぶ慣れた。龍に不意を突いて攻撃するにはどうすればいいのか。龍の通れない回り道はどこにあるのか。それが分かってきたために、龍に追いつく時間がかからなくなってきた。
 龍にとどめをさせるのはそう遠くない様な気がする。
 だが、いざ龍にとどめを刺せるという時になって、私は躊躇いなく龍を殺すことができるだろうか?
 龍は逃げているだけだ。弥一の仇ではあるが、逃げるだけの者を私は討つ事ができるだろうか?
 そう考えるようになってきていた。

 だが、数日経つと、遂に龍にとどめをさす絶好の機会が訪れた……
 龍が私の接近に気付かずにぐったりと横たわっていた。数日前に私の付けた傷からは、未だに微かな血が流れ出ている。
 龍の数歩前まで歩いていっても、全く微動だにせずにいる。息をしているのだけは感じられた。

 どうするか……

 刀を強く握り締め、私は龍の目の前で立ち尽くしていた。

 そのまま、一刻が過ぎた。
 私は遂に、龍に刀を振り下ろす決心をした。龍は寝息のように穏やかな息吹を発している。
「弥一の仇、今とらせてもらう……」
 呟き、私は龍の眉間へと刀を突き立てた……。

 オォォォォォォ……

 負傷していない目を見開き、龍は大きく一度鳴くと、そのまま動かなくなった。
「…………」
 半刻ほどそのままの状態でいただろうか。私は刀を引き抜くと、呆然と自分の手、その手に握られる刀、そこから滴る…血、それらを順に眺めた。まるで他人が人を殺した現場を見るような目でそれらを順に見ていった。
「…………」

 カ…ランッ……

 刀が手から滑り落ちた。地面に大きな音を立てて転がる刀を視界の端におさめながら、私は地面に膝を付いた。
「あ……」
 自分でも間の抜けた声だったと思う。
 それだけ呟くと、私はもう一度自分の手に視線を移した。
 それは既に自分の知っている自分の手ではなかった。碧燐に包まれており、形も人間のそれではない。
『龍を殺した奴は不死になる……』
 村を出るときに誰かが話していた言葉が不意に思い出された。
「不死になるって…龍になるって事なの?」
 呆然と自分の腕を眺めているうちに、私の姿はどんどんと龍の姿になっていった。
「あぁ……」
 今頃になって気付いた。龍を殺したものが龍になる。なら、私の一族が龍を討伐しに行って帰って来なかったのは龍に殺されたからじゃなくて、龍を殺して龍になったからなのだと。
 この龍が私を襲ってこなかったのは、最後に龍を討ちに行った者――弥一だったからなんだ……。

 何だろ…意識が薄れていく……

 そうか、龍になると自分の意識もなくなるんだ……

 でも、それでも家族や愛する人を襲う事はできない……

 だから弥一は多くの人を襲いながらも私を襲わなかったんだ……

 でも、私には愛する人も家族もこの世にはいない……

 じゃぁ、私はずっと開放される日なんてないんだ……

 弥一の所に逝ける日なんてないんだ……

 だから私の一族が龍の一族と呼ばれているんだ……

 酷いよ…私だけずっと一人ぼっちだなんて……

 ……弥一……




   あとがき
多くの方がお初です。管理人その1(?)の楓です。
以前開いてた私のHPに来て下さっていた方は、お久しぶりです。
あとがき・・・何を書けばいいんだろ。
とりあえず、これを書いたのは本当は数年前だったりします(ぉ
前のHPに載せていたものをそのままもってきました(ぉぃ
ですから、今更何か書けといわれても・・・。
まぁ、そんなわけで今までに読んだことのある人は、ごめんなさい。
これはあとがきじゃなくて懺悔だって?
ニホンゴムズカシイ・・・
まだまだ精進しますので、生ぬるい目で見てやってください。
  桜月楓


小説楓

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